西城秀樹さんの妻・美紀さん 改めて「夫の介護」を語る





西城秀樹さんの妻・美紀さん 改めて「夫の介護」を語る

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1:2020/01/02(木) 07:08:58.84ID:0kEJAlRB9 一昨年5月、惜しまれながらこの世を去った西城秀樹さん(享年63)。同年秋には妻、木本美紀さんが、著書『蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年』(小学館)で、これまで伏せられてきた秀樹さんの病状や闘病を支えてきた家族の思いを綴り、10万部を超えるベストセラーとなった。

 著書の出版にあたり、美紀さんは秀樹さんのファンの人の思いを大切にしたいと考え、本当の病状を明かすことにかなり迷いがあったという。

「アイドルだった秀樹さんの闘病の話は、知りたくなかったというファンの人もいらっしゃったと思います。しかし、本を読んだ方々からは『病気でつらいこともあるが、元気をもらえた』『本当の病状を知って改めて秀樹さんの精神力と努力に感動した』といった言葉をたくさんいただき、秀樹さんの病気のことをお伝えすることで、誰かのお役に立てることもあるのだと、考えを新たにしました」(木本美紀さん)

 このたび、美紀さんは、WEBサイト「介護ポストセブン」(https://kaigo.news-postseven.com/77035)のロングインタビューに応じ、秀樹さんと共に歩いた日々、特に闘病や介護について語っていくことを決意した。

 最愛の夫との日々、秀樹さんの父親としての顔や、自宅での過ごし方、支えてきた家族の思いなどを、具体的なエピソードや写真などを交えて、定期連載で明かしていくという。

「介護といわれても、私自身、介護をしているという意識をもったことは一度もありませんでした。家族がどうやったら気分良く過ごせるだろうかと考える、いつもそういう気持ちで、その都度、私にできることを続けてきただけなんですよ」と美紀さんは語るが、年子の3人の子どもたちの子育てをしながらの生活は、ドタバタだったと振り返る。

「長女がお腹にいる時に、最初の脳梗塞を起こしました。幸い、その時はほとんど後遺症がなかったのですが、その後、年子で長男、続けて次男と生まれ、秀樹さんの病気との闘いと子育ては常に同時進行でした」

続きまーす
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200102-00000009-pseven-life

172:2020/01/04(土) 04:14:08.98ID:PfmE4rde0.

脳梗塞だけであんなにヨレヨレになってしまうもんなのか
認知症が進んだ80過ぎの爺さんみたいになってたよな
樹木希林なんて全身ガンでも見た目は変わらず亡くなる直前までバリバリ仕事していたし
目指せ全身ガンだな

96 2020/01/02(木) 19:02:03.58ID:usdocDd+0.

秀樹はできるだけ水分我慢して限界までサウナに入った後でビール一気飲みするのが大好きだったんでしょ
そら体おかしくなるよ
適切に水分取りながら入らないと

19 2020/01/02(木) 07:25:21.49ID:k6KmkfSz0.

奥さん、近大の土木出てコンサル勤めてたってことだけど、西城秀樹とどこで知り合ったんだろう?

18 2020/01/02(木) 07:23:06.49ID:0HjeXpaH0.

松方弘樹が語る“共演秘話”

みなさんもご存知の通り私の仕事は俳優ですが、これまで何本かプロデューサーとして映画を作りました。
役者の仕事にもテレビに舞台といろいろあるけど、私はやはり映画からこの世界に入りましたから、
映画が好きで、映画をやりたいという気持ちが強い。それが高じてプロデューサーもやったわけですが、
そのきっかけになったのが『せんせい』という映画でした。

プロデューサーは千葉真一さん、監督は山城新伍さん、その二人に辰ニィ、北大路欣也、渡瀬恒彦、そして私の6人で、
トムソーヤ企画というのを立ち上げて映画を1本作ったわけです。

言い出しっぺは千葉さんで、最初にこう相談されました。
「俺が金を集めるから、弘樹ちゃん、これだけのメンバー集まるかな?」

というのも、私はみんなと仲がよかったから。それでまず新伍さんと辰ニィに相談したら、辰ニィはすぐに決まって、
新伍さんは「監督をやらせてくれるんだったら」と。最初は千葉さんが監督をやるはずだったんですが、
千葉さんが「譲ってもいいよ」と言うのでこれも決まり、渡瀬は二つ返事です。

で、最後に欣也も決まって6人集まったんだけど、そこから先がまたえらい大変でね。
最初、脚本を倉本聰さんに頼んだんだけど、上がってきたのが『トムソーヤの冒険』というホンで、
これが我々6人で一緒にイカダに乗りこんで四万十川を下っていく話だった。
でも、それだと撮影期間40日のほとんどを6人一緒にいなきゃいけないから、どうやってもスケジュール的に無理なわけでね。
これじゃ話にならんというので、脚本家を交代して出てきたのが、佃島の廃校寸前の中学校で私たちが先生役をやる話だった。

で、いざ撮影に入ってもとにかくスムーズに進まんのです。なぜなら船頭が多いから。

監督は新伍さんなんだけど、千葉さんはもともと監督をやるつもりだったからとにかく演出もやりたくてしょうがないわけだし、
そのうえ渡瀬も演出をしたがるし、あの辰ニィまで演出をしたがるもんだから、まあ、撮影が進まない進まない。
ホント「監督は新伍さんやろ!」と(笑)。

でも、もっと大変だったのが撮影に入る前の打ち合わせです。
赤坂プリンスだったか東京プリンスだったかホテルの部屋を取って、なかなか全員集まらないから5人くらいでやるんだけど、
その5人が事務所の人間も連れてくるから5人が30人になって、一つの部屋には入れないから事務所の人間は別の部屋に入れて、
みんなにルームサービスでメシを食わせて待たせたり、毎回そんなことしてたら、ホテルから700万円超の請求書が来て。
まだ撮影に入る前なのに(笑)。

で、金は千葉さんが集めるもんだと安心としてたら、千葉さんが切羽詰った声で「金が集まらない」と言うので、しょうがないから、
山城新伍司会、梅宮辰夫前座で松方弘樹ショー。これをタダでやって、その上がりで穴埋めしました。

その後、なんとか製作費も用立て、完成にこぎつけたんですが、いざ封切ったら初日の舞台挨拶がすごかった。
立錐の余地なしで扉が閉まらんほど客が入ってました。そしたら、辰ニィは慌てモンだから、
「これは儲かったなぁ! 5千万円ほどもらえるぞ!!」って、すぐベントレーを買いに走っちゃったんだけど、
ベントレーって当時で3千5百万円もする車ですよ。でも、客が入ったのは最初だけであの映画はコケてますから、
松竹から「追加営業宣伝費を8千万いただきます」とか言われて、それで出たのが当時流行った「バブルスター」のCMですわ。

ただし、渡瀬は入浴剤のCMをやっててバッティングするから、他の5人で一緒に風呂へ入って、そのギャラを松竹への支払いに充てて。
で、「ギャラは一銭もないぞ。ベントレーすぐ返せ!」ってことで、今度はベントレーを引き取ってくれる先を探してね。
それでもう「映画なんて作るもんじゃない!」って思いました。

56:2020/01/02(木) 10:49:19.31ID:cHFaKPZv0.

>>18

面白い

147:2020/01/03(金) 19:17:25.81ID:yBE2J+9y0.

サウナが体に良いと思っている馬鹿
痩せると思っているウルトラ馬鹿

143:2020/01/03(金) 18:40:11.42ID:34t1OCj70.

韓国サウナで、水飲みのコップが日本のような紙コップでなく、
アルミの共有するやつで、それで飲む気になれなかったと本には書いてるね

61 2020/01/02(木) 11:42:44.99ID:SSrdjiip0.

氷室京介はヒデキ歌唱法を意識してたんだろうか?
B.BLUE聴いた母ちゃんはマジで西城秀樹と思い込んでた

175:2020/01/04(土) 12:12:15.19ID:J40eV85i0.

広島を出て上京する時は皆で見送りました。彼も泣いてましたよ 絶対成功するから
ってね。ところが売れたら急に態度が急変してね 連絡してくるな、と。なんでかなと
思ったら出自が、と。哀しかったですよ

55:2020/01/02(木) 10:44:11.10ID:h5Io/fLG0.

奥さん、改めて語らなくてもいいんだよ?

6:2020/01/02(木) 07:13:10.26ID:oBzHisbW0.

遺産と印税があるのに積極的やなぁ

48:2020/01/02(木) 09:59:42.94ID:Yb+tEYrX0.

80年代サウナがブームになって家庭用サウナもあった。通販で売っていた。うちにもあったが結構大きな箱で邪魔くさかった。

24:2020/01/02(木) 07:55:38.76ID:8uVasYCk0.

>>19

身内の紹介だったような

81:2020/01/02(木) 18:07:41.23ID:iBSfk47H0.

死んだ直後は奥さんのことそんなにたたかれてなかったのに、このスレではやたらと叩かれてて不気味だな

18:2020/01/02(木) 07:23:06.49ID:0HjeXpaH0.

松方弘樹が語る“共演秘話”

みなさんもご存知の通り私の仕事は俳優ですが、これまで何本かプロデューサーとして映画を作りました。
役者の仕事にもテレビに舞台といろいろあるけど、私はやはり映画からこの世界に入りましたから、
映画が好きで、映画をやりたいという気持ちが強い。それが高じてプロデューサーもやったわけですが、
そのきっかけになったのが『せんせい』という映画でした。

プロデューサーは千葉真一さん、監督は山城新伍さん、その二人に辰ニィ、北大路欣也、渡瀬恒彦、そして私の6人で、
トムソーヤ企画というのを立ち上げて映画を1本作ったわけです。

言い出しっぺは千葉さんで、最初にこう相談されました。
「俺が金を集めるから、弘樹ちゃん、これだけのメンバー集まるかな?」

というのも、私はみんなと仲がよかったから。それでまず新伍さんと辰ニィに相談したら、辰ニィはすぐに決まって、
新伍さんは「監督をやらせてくれるんだったら」と。最初は千葉さんが監督をやるはずだったんですが、
千葉さんが「譲ってもいいよ」と言うのでこれも決まり、渡瀬は二つ返事です。

で、最後に欣也も決まって6人集まったんだけど、そこから先がまたえらい大変でね。
最初、脚本を倉本聰さんに頼んだんだけど、上がってきたのが『トムソーヤの冒険』というホンで、
これが我々6人で一緒にイカダに乗りこんで四万十川を下っていく話だった。
でも、それだと撮影期間40日のほとんどを6人一緒にいなきゃいけないから、どうやってもスケジュール的に無理なわけでね。
これじゃ話にならんというので、脚本家を交代して出てきたのが、佃島の廃校寸前の中学校で私たちが先生役をやる話だった。

で、いざ撮影に入ってもとにかくスムーズに進まんのです。なぜなら船頭が多いから。

監督は新伍さんなんだけど、千葉さんはもともと監督をやるつもりだったからとにかく演出もやりたくてしょうがないわけだし、
そのうえ渡瀬も演出をしたがるし、あの辰ニィまで演出をしたがるもんだから、まあ、撮影が進まない進まない。
ホント「監督は新伍さんやろ!」と(笑)。

でも、もっと大変だったのが撮影に入る前の打ち合わせです。
赤坂プリンスだったか東京プリンスだったかホテルの部屋を取って、なかなか全員集まらないから5人くらいでやるんだけど、
その5人が事務所の人間も連れてくるから5人が30人になって、一つの部屋には入れないから事務所の人間は別の部屋に入れて、
みんなにルームサービスでメシを食わせて待たせたり、毎回そんなことしてたら、ホテルから700万円超の請求書が来て。
まだ撮影に入る前なのに(笑)。

で、金は千葉さんが集めるもんだと安心としてたら、千葉さんが切羽詰った声で「金が集まらない」と言うので、しょうがないから、
山城新伍司会、梅宮辰夫前座で松方弘樹ショー。これをタダでやって、その上がりで穴埋めしました。

その後、なんとか製作費も用立て、完成にこぎつけたんですが、いざ封切ったら初日の舞台挨拶がすごかった。
立錐の余地なしで扉が閉まらんほど客が入ってました。そしたら、辰ニィは慌てモンだから、
「これは儲かったなぁ! 5千万円ほどもらえるぞ!!」って、すぐベントレーを買いに走っちゃったんだけど、
ベントレーって当時で3千5百万円もする車ですよ。でも、客が入ったのは最初だけであの映画はコケてますから、
松竹から「追加営業宣伝費を8千万いただきます」とか言われて、それで出たのが当時流行った「バブルスター」のCMですわ。

ただし、渡瀬は入浴剤のCMをやっててバッティングするから、他の5人で一緒に風呂へ入って、そのギャラを松竹への支払いに充てて。
で、「ギャラは一銭もないぞ。ベントレーすぐ返せ!」ってことで、今度はベントレーを引き取ってくれる先を探してね。
それでもう「映画なんて作るもんじゃない!」って思いました。

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